コラム「LOUNGE-3月号」 ―職場環境の変化とメンタルヘルス―
(2010年3月1日掲載) 現代の競争社会では、常に安定した職場環境の中で生きることが難しくなっています。昨今の経営資源の選択と集中により、数年ごとに部署異動があり、それに伴い業務内容が変わります。かつてのように、営業や技術職の専門的役割の中で長年スキルを磨いていくことだけでは職場適応に支障をきたしやすいのです。 そこで、異動に伴い職場環境が変わることのメンタル面での変化を考えてみましょう。おそらく異動当初は、これまでの経験を生かそうとして、不安ながらも緊張し張り切って仕事や対人的な状況に馴染もうとします。自然とオーバーワークになるのですが、そのことに気づくことはありません。次第に内面のエネルギーが枯渇し、思わぬミスが出たり、課題の達成が困難となりますので、結果空回りします。そうなると、周囲の評価を失い、他者に迷惑をかけているという思いで頭が一杯になります。頭ではやるべき業務は分かっているので、身体とこころを無理に動かそうとして叱咤激励します。しかし、内面のエネルギーは使える量が決まっているので、身体とこころがもう動けないというサインを出します。これが、吐き気や頭痛などの身体症状であり、不眠や不安焦燥感などの精神症状なのです。 さて、職場での役割は、私たちに社会人としてのアイデンティティーを与えてくれます。仕事のできる自分は「優れた良い自分」であり、仕事のできない自分は「他者から評価されないダメな自分」です。異動に伴い、期待されていたように仕事が捗らない時、私たちの意識は「できない自分」で占められ、かつての「できる自分」は影を潜めてしまいます。これは深刻な喪失体験であり、「うつ」をきたします。 ではどのように対処したらよいのでしょうか。まずは、新しい環境への適応には、予想以上に多くの心的エネルギーを要することを予めわかっていることです。過剰適応気味になりますので、日常的に体調面の変化に気を配り、不調をそのままにしないことです。配偶者や同僚が気づいている場合もありますので、周囲のアドバイスを参考にするのもよいでしょう。また、他者からの評価を気にする自分はできない自分を際立たせますが、完全主義的「考えのクセ」から悲観的になっていることもありますので、一度自分の考えと気分の繋がりについて再考してみることが案外役に立つものです。―待合室で読める本から―
「<うつ>からの社会復帰ガイド」(岩波書店) うつ・気分障害協会 編当事者や家族の立場からのうつ病理解と、社会復帰に向けての心理的プロセスについて詳しく解説されており、大変読みやすい構成となっています。 「アスペルガー症候群」(幻冬舎新書) 岡田 尊司 著
この症候群についての正しい知識をもつことにより、生きづらさを感じている人たちがその優れた特性を社会で活かせるように、周囲との関わりにおいても理解が得られる良書です。 「依存症」(文春新書) 信田 さよ子 著
様々な依存症という窓を通して見えてくる現代社会の様相が描かれています。この病態の向こうに「生きるとは」という問いかけがあります。