長崎の心療内科 もとやま心のクリニック コラム「LOUNGE-1月号」幸福感と死の恐怖

もとやま心のクリニック
長崎の心療内科もとやま心のクリニックへのお問い合わせ・ご予約は095-856-3033
トップページ > 面接室からのたより > コラム「LOUNGE-1月号」
面接室からのたより

コラム「LOUNGE-1月号」 幸福感と死の恐怖

(2014年01月10日掲載)
 年始のNHKで偶然「幸福論」についての番組を見ました。途中からなのでうろ覚えですが、おおよそ3つの事柄が幸福感とつながっているということでした。社会参加すること、他者とのコミュニケーションを維持すること、今目の前のことに関心を向けることなどでした。たとえば、人間関係において、些細な出来事にも感謝の気持ちを表すことで幸福感は上がり、その後の生き方や寿命にまでも影響を及ぼしたりしますし、自分の感じ方や考え方で外側の世界の見え方は変化します。精神分析では「いま・ここ」という時間と空間の概念があります。面接の場において、過去や将来への不安や想念が渦巻くのですが、“いま・ここ”にいる自分の感覚や考えを治療者との間で共有できることが大きな治療的成果につながるのです。
 ところで、人間の究極の不安は、いずれ「死」を迎えざるを得ないという、生まれながらの宿命です。哲学や宗教はもちろん医療における臨床家も関心を寄せており、「人は死なない」で知られる矢作直樹氏の著書も興味深いものです。人間の構造を精神分析では意識と無意識の相でとらえますが、自我意識というものは広大な海洋のような無意識の中に浮かぶ一片の漂う氷河のようなものです。脳科学が発展し多くのことが解明されつつある昨今、日常臨床もその恩恵にあずかっていますが、意識のとらえることのできない無意識の領域や「こころや魂」と呼べる領域へは十分には到達していないようです。ちなみに、パニック障害は「死ぬのではないか」という強烈な不安と恐怖がその源になっていますが、逆にいうと「死の不安」の意味を理解することがその治癒につながる可能性があります。
 さてここで、イギリスの哲学者であるラッセルの語録から引用してみましょう。「“死の恐怖”を征服するもっともよい方法は、諸君の関心を次第に広汎かつ非個人的にしていって、ついには自我の壁が少しずつ縮小して、諸君の生命が次第に宇宙の生命に没入するようにすることである。個人的人間存在は、河のようなものであろう。最初は小さく、狭い土手の間を流れ、激しい勢いで丸石をよぎり、滝を越えて進む。次第に河幅は広がり、土手は後退して水はしだいに静かに流れるようになり、ついにはいつのまにか海の中に没入して、苦痛もなくその個人的存在を失う。老年になってこのように人生を見られる人は、彼の気にかけはぐくむ事物が存在し続けるのだから、死の恐怖に苦しまないだろう。(ウィキペディア)」年初において、“わたし”という自我意識が全体(世界)の中でどこに位置し、どこへ向かうのかについて、じっくりと考えてみることも時にはよいかもしれません。

―待合室で読める本から―

「生きるとは、自分の物語をつくること」(新潮文庫) 小川洋子 河合隼雄著
“人々の物語作りの手助けをする専門家として、物語に向き合う”河合隼雄と,“作り手として意識的に物語を作る”小川洋子との対話であり、物語の持つ力を再認識させてもらえる内容です。
「なんでも気になる心配症をなおす本―よくわかる森田療法・森田理論 」(ワニのNEW新書) 青木薫久著
森田理論は、不安を排除せず、そのままにして、目の前のやるべきことに手を出していくことが大事であると教えてくれます。不安・心配事に、どのように対応していけば良いのかについて理解が深まります。
「般若心経入門-276文字が語る人生の知恵」(祥伝社新書) 松原泰道著
“現代人に共通した悪い考え方にエゴイズムがあります。今の繁栄に満腹しすぎて、飽きているために、人生の妙味が味わえないでいるのです。エゴイズムと、繁栄による虚脱感情をいかに解決するか、これに答えるために、心経の「空」のこころを、あらためて学んでみたいと思ったのです。”という著者の言葉のように、改めて今の自分の生き方を見つめることに役立ちます。
長崎の心療内科・精神科
もとやま心のクリニック